巖谷國士★瀧口修造・小樽・シュルレアリスム@小樽文學館・美術館

週末の6月1日(土)17:00より  

小樽文学館+美術館にて開催中の企画展「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム展」において、

巖谷先生のご講演がありました!

 

梅雨を知らない北海道ですから時季はとても良く、港町を吹き抜ける風も気持よく、

「北」の町歩きを誘います。

 

小樽まで駆けつけた★ぜみメンバーも数人おり、

講演の前から、講演のあとも、その翌日も、それぞれが瀧口さんの面影とともに

小樽の町を歩きました。

 

講演の感想も、それぞれが感じた「北」や「小樽」についても、

これからたくさん、このHP上にもリポートが寄せられることと思います。

 

この展覧会の図録には、巌谷先生による序文

「瀧口修造の小樽―イノセンス・貝殻・シュルレアリスム」が掲載されています。

それを読んだあとのご感想などもありましたらゲストBookのほうへどうぞ。


ご講演を報告いたします!

瀧口さんの撮影したヨーロッパ旅行写真や、手書きの原稿、部屋に集まってきたオブジェたちなどでいっぱいの展示室。その空間に、まるで飛行機や列車の座席のように細長く椅子が並べられ、講演会場となったのでした。

わたしたちはこの乗り物にのって、★先生のお話で、瀧口さんの小樽時代へと旅をしました。

 

1923年、関東大震災という日本の針路を決定的に変えたものに「会」った瀧口さんは、慶応大学を退学して長姉みさをのいる小樽へ渡ります。瀧口さんの「自筆年譜」をたどって、その記述の背景や土地まで、あざやかに読みといていく★先生。

 

瀧口さんが大学入学前からすでにウィリアム・ブレイクになじんでいたこと、当時の北海道が社会主義の新しい共同体などができはじめた新天地であったこと、小樽を去ってからもたびたび小樽を訪れていて、もはや小樽を第二の故郷としていたこと、そこで姉とも一種独特の愛情でむすばれていたこと……などが明らかになっていきます。

 

瀧口さんにとっての小樽は、作品にあらわれている……と★先生。

 

1926年に書かれた「バッツに」と「冬」に見るヴィジョンには陶然としてしまいます。

ブレイクがフェルファム(フェアラム)の海を女性として感じ、その光景に抱かれたように、小樽の夕日に抱きよせられて「子供のようにころころに」なる瀧口さん。

 

★先生が小樽公園にまちがいない、とおっしゃる坂道を「よちよち」と姉が瀧口さんを訪ねてくるくだり、聴覚~視覚~触覚~味覚~と、姉への思いが物体をとおして描かれ、切ないほど美しいのです。

 

小樽公園のアーク灯から「幻像」を見るところでは、瀧口さんのシュルレアリスムには常に実在の物質があり、見ているうちに不思議な姿をとってヴィジョンになること、背後にはアンデルセンやお伽噺もあることを語ってくださる★先生。

 

お話は瀧口さんがブルトンの書をそこで読んだ蘭島海岸へとおよび、そのとき瀧口さんのおかれた状況や、その時代にさかんに描かれた地平線・水平線絵画のことなど、スライド上映もまじえてお話しくださいました。タンギーやトワイヤンやダリなど、「<遊ぶ>シュルレアリスム」の作品も多々。三岸好太郎の貝と砂浜の絵画から瀧口さんの詩「カヒガラ」までお話がすすんだときにはもう、カラコロカラコロ……と清らかに切なく、泣きそうにふるえるしかないほど感動したのでした。

 

本当にたまらない、ご講演と旅でした。

「〈遊ぶ〉シュルレアリスム」には、1958年のヨーロッパ旅行以後、職業的仕事を拒否して、遊びの世界へいった瀧口さんのことを執筆された★先生。この「瀧口修造の『小樽』ーイノセンス・貝殻・シュルレアリスムー」では、それ以前の戦前のことをお書きになり、語られました。

 

すべてが連続している★先生のご講演、本当にすばらしく、小樽の観客の熱気・反応もすごいものでした。これから東京~花巻と展開するのに、ますますどきどきしています!

(okj)