巖谷國士★特別講演「絵本のシュルレアリスムーチコと瀧口修造」@神奈川近代文学館

9月6日に神奈川近代文学館で開催された★先生の講演「絵本のシュルレアリスム―チコと瀧口修造」、そしてその晩に★先生を囲んで中華街・萬珍楼でもよおした「第10回★夕食会」では、出席者のだれもが、刺激的で心揺さぶられる1日を体験したことでしょう。

 

「なかえよしを+上野紀子の100冊の絵本」展にならぶ『ねずみくん』シリーズの原画に、鉛筆の線のやさしくて雄弁な表現力を見た人もいれば、『ねずみくん』が生まれるまでの、なかえ+上野夫妻のニューヨークでのさまざまな出会いに感動した人もいたでしょう。

 

いっぽう、ニューヨークで活躍するお二人に、遠く日本からエールを送りつづけた瀧口修造の存在を知るようになると、お二人が最初につくった『ペラペラの世界』のなかのチコをはじめ、黒い帽子と望遠鏡、扉や魔法や旅……といったものが、いっそうの不思議を帯びて見えてきて、40年前の時空からいっきに今日まで、★先生の『扉の国のチコ』でおぼえた切なさやよろこびまでもが、ずっとず〜っとつながっているんだと、絵本のなかの少女(否、なかえ+上野夫妻のコンセプトというべきか?)に、言いようのない感動をおぼえます。

 

そしていよいよ★先生の講演「絵本のシュルレアリスム―チコと瀧口修造」がはじまります。会場には大勢の人が講演を待っています。なかには懐かしい顔もチラホラ……あちこちで手を挙げ、声にしない笑顔で応えあっています。

 

★先生はまず「絵本」と「シュルレアリスム」とをどうして並べて話せるのか、それにはまずシュルレアリスムの「オブジェとは何か?」を知らねばね……と、ご自身の愛用(20歳年長の友人からの贈り物)の黒松のステッキをとりあげて、そのステッキが壁から突きだしていたら、どんな風に人々は受けとめるか……と、おもしろくてわかりやすい表現で、ステッキの本来の役目をとっぱらって、つるりと持ちやすそうで、ひんやりとさりげなく、素敵な思い出をもっていそうなそれの、オブジェの感覚を教えてくださいました。

 

そうしたオブジェ同士がさまざまに出会い、同じ場面でなにか物語を語りはじめる……彼らの「偶然の出会い」が、次の世界をつくるようになるのだと。戦後の復旧ではなく、シュルレアリスムが求めたものは次の世界だったと。とくに絵本にはそうしたことが可能で、理性を包みこむ想像力のあるおかげで、見ることの旅、次の世界への旅が実現するのだとも……。

 

なかえ+上野夫妻から★先生が持ちかけられた絵本制作の折にも、すでにそうした予感があったのでしょう。『扉の国のチコ』の原画も展覧会に出品されていましたが、油彩で濃密に描かれた絵を目にしたとき、★先生はきっとその絵に旅の予感を感じとっていたにちがいありません。漆黒の画面のなか、望遠鏡をもつチコちゃんが、美しい晴天の広がる扉の向こう側に誘われています。

 

なかえ+上野夫妻が『扉の国のチコ』の絵をまず最初に仕上げて素材を揃え、★先生がそれにお話をつけてゆく……今度はそのお話にさらに触発されて、絵がふたたび描き直され、絵本そのものが旅をはじめる……おもしろいことに、扉の国のチコのお話は、こうした3者の共同作業によるブリコラージュの過程を辿っていくのです。

 

チコちゃんはステッキの老人に導かれ、さまざまな扉を開けて、さまざまなものと出会います。

 

ある場面では、オブジェたちが背広を着てなにやら話しあいの最中で(丸善の背広とスペインのカボチャ、カラバザとだけここでは記しておきます)……いずれの場面にもあらわれる、さまざまに塗られた床はどうも瀧口さん家のフローリングに通じているらしく……オリーブの木陰から望遠鏡をのぞくチコちゃんの姿はまさに瀧口さんのこの写真だと……これらはみんな3者の間に共通する瀧口さんとの個人的な思い出ではありますが、なぜだか不思議なことに、絵本を読んだひとならば、だれもが瀧口さんと、またなかえ+上野夫妻、巖谷★先生と、共謀関係が結ばれたように、みんなの思い出話になってしまうのです。それが「絵本」のもつ不思議な魔法なのかもしれませんね。

 

瀧口さんはたわわに実ったオリーブを瓶詰にして、ほうぼうへ配ったそうです。そのラベルには「NOAH’S OLIVE NATURE’S GIFT」と書かれています。ノアのオリーヴと言えば、オリーヴの枝をくわえた鳩が新しい陸地の発見を知らせた〜という逸話がありますが、なんだか瀧口修造がその言葉を、友人への贈り物にする瓶詰のラベルに使ったことも意味深ですね。★先生がこのオリーブの話をしてくださった折、あらわれた言葉をここに記しておきます。

 

 長い長い旅をしてきた者/「物々控」/手も扉/本も扉/扉を開く

 

そして最後に、★先生は瀧口さんが1970年に書きとめた「遺言」と題した詩(著作権の関係上、HPでの掲載はできません)を、講演の最後に引用されました。

この詩には「扉」と「国(國)」という言葉があらわれます。「ああ、『扉の国のチコ』とはそういうことなんだな」……瀧口さんのこのじつに美しい詩を読んで、おそらく聴衆のだれもが理解し、次の世界への扉を開けたような気がします。

 

そういえば、このMont Analogue HPには、★先生のメルヘン『ステッキ』というお話が掲載されています。それもなんだか『扉の国のチコ』のまた別の物語のようです。

 

★先生の講演は、あっという間に終わってしまいましたが、絵本という扉を開くたび、さまざまな思いが去来して、ほんの2時間のあいだに、なんだか私も長い長い旅をしたようです。本当に素敵な旅……★先生、今日もありがとうございました!

 

第10回★夕食会は、たくさんの旅人たちが、旅から戻ってきた人、これから旅立つ人、(女優、怪優たちをふくむ)、さまざま集まって堂々の老舗中華料理店を彩りました。

 

参加者のみなさん、本当にすばらしい夜でした!  いつもありがとうございます!

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